1985年世界柔道選手権男子無差別級王者の正木嘉美氏が8月30日に64歳で亡くなった。9月2日、国際柔道連盟(IJF)や日本の柔道関係者が訃報を伝えた。
正木氏の柔道人生は、一つの世界タイトルだけでは語れない。現役時代は山下泰裕、斉藤仁らと同じ時代の日本重量級で戦い、引退後は天理大学や男子日本代表の指導に携わった。
映像:山下泰裕 vs 正木嘉美(全日本柔道選手権、Toshinari MASUDA studio)。 YouTubeで視聴
1985年、ソウルで世界一
大阪府出身の正木氏は天理高校、天理大学で力を伸ばした。1985年にソウルで行われた世界選手権では男子無差別級を制し、決勝でエジプトのモハメド・ラシュワンを破って世界王者となった。
当時の日本重量級には山下泰裕、斉藤仁という五輪王者級の選手が存在していた。正木氏は五輪出場こそ果たせなかったものの、山下氏の引退後となる1986年と1987年には全日本柔道選手権を連覇している。
映像に残る1985年の対戦
YouTubeには、全日本柔道選手権で山下泰裕氏と正木嘉美氏が対戦した映像が残っている。この大会で山下氏は9連覇を達成し、全日本選手権から引退した。そして同じ1985年、正木氏は世界選手権無差別級で金メダルを獲得した。二人の試合映像は、日本重量級の一つの時代をそのまま残す資料でもある。
世界王者から指導者へ
現役引退後も、正木氏は柔道から離れなかった。天理大学柔道部の監督を務め、日本男子代表のコーチや強化に関わる仕事にも携わった。IJFは追悼記事の中で、正木氏が指導者として何世代もの柔道家の育成に貢献したことを紹介している。
トップ選手の人生ではメダルが最も目立つ。しかし柔道では、引退後に何を次の世代へ渡したかも大きな意味を持つ。
五輪出場だけでは測れない柔道人生
正木氏は五輪には出場していない。しかし、それだけでその競技人生を評価することはできない。山下泰裕、斉藤仁と同時代に日本代表の座を争うという状況そのものが、当時の日本重量級の層の厚さを物語っている。
世界無差別級王者、全日本選手権2連覇、そして長年の指導者としての活動。64歳での死はあまりにも早いが、正木嘉美という柔道家が残した足跡は、日本柔道の歴史の中に確実に残っている。

