1984年ロサンゼルス五輪金メダリスト、世界選手権4連覇の山下泰裕氏は、柔道史の中でも「強さ」を象徴する存在の一人だった。現在、山下氏は別の形で「強さ」の意味を問い直している。

3年前の事故で頸髄を損傷し、現在は車いすで生活している。2026年8月、テレビ朝日『報道ステーション』の松岡修造氏によるインタビューに応じ、事故後の生活を広く公にした。さらにローザンヌのインクルーシブなグランドスラムでは、映像メッセージを通して「障がいのある人が受け入れられ、支えられる社会をつくること」を今後の人生の使命として語った。

映像:テレビ朝日『報道ステーション』松岡修造氏による山下泰裕氏インタビュー。 YouTubeで視聴

「命が残った意味」

テレビ朝日のインタビューで、山下氏は2023年の事故について説明した。箱根の温泉施設で立ち上がった際に意識を失い、およそ2メートル下へ転落。頸髄を損傷し、その後は長期入院、手術、リハビリを続けた。2026年の取材時点でも身体機能には大きな制限があり、車いすと周囲の支援を必要としている。

長い競技人生で圧倒的な強さを見せ続けた山下氏にとって、まったく異なる現実である。しかし山下氏は、事故を単純に「負け」とは捉えなかった。現実を受け入れた上で、「命が残った意味」を考え、自分にまだできる役割を果たしたいという考えを語った。

母校の教壇へ

山下氏は母校・東海大学の教壇にも復帰している。かつてのように世界王者の身体で技を示すことはできない。それでも、現在の姿を隠すことなく学生の前に立つ。

伝える内容も、単に「勝つための柔道」ではない。あいさつ、人の話を聞くこと、困っている人に手を差し伸べること。道場で学んだことを社会生活の中でどう実践するかを学生に問いかけている。それは柔道から離れた話ではない。むしろ、嘉納治五郎が柔道に求めた教育的価値を、より厳しい現実の中で実践する試みとも言える。

ローザンヌと「Judo for All」

8月末のEcole Mont-Olivet Lausanne Grand Slamでは、World Judo Tourの選手だけでなく、Adapted Judo、Deaf Judoの選手たちも同じ大会環境に集まった。山下氏は現地にはいなかったが、映像メッセージを寄せた。

IJFはその後、山下氏が自身の障がい経験を「Judo for All」と結び付け、障がいのある人々が社会の中で受け入れられ、支援される環境をつくることを新たな人生の使命としていると伝えた。その中心にあるのが「自他共栄」である。

「最強」の先にある強さ

山下泰裕氏の競技実績は、すでに柔道史の一部である。五輪王者、世界4連覇、長期にわたる無敗記録。

しかし現在の新しい物語は、かつて「倒れない柔道家」として知られた人物が、身体の自由を大きく失った後も、公の場に姿を見せ、教壇へ戻り、柔道の意味を次の世代へ伝え続けていることにある。柔道が頸髄損傷を元に戻すことはできない。

それでも柔道は、山下氏に今も使える言葉を残している。受容、敬意、助け合い、自他共栄。そして、変えられない現実の中で、自分にまだ何ができるのかを考えること。それが今、山下泰裕氏が柔道界に伝えようとしている大きなメッセージなのかもしれない。

情報源

Hong Kong Judoの日本語柔道ニュースをもっと読む