9月12日のHYROX北京大会で、オーストラリアのJoanna Wietrzyk選手は競技中に便失禁を起こした。便が身体にはっきり付着している状態にもかかわらず、他の参加者と共用するコースや器具をそのまま使い続け、最終的には女子Pro部門で1位となった。レース後、彼女は一時SNSに「A win is a win」と投稿した。大きな論争を呼んだ後になって公に謝罪し、大会から遡って撤退し、獲得したポイントを放棄すると発表した。HYROX側も現場での対応が不適切だったことを認め、関連ルールの変更を発表した。

この出来事を見て改めてはっきりするのは、「勝てばすべて」という考え方は、最初から間違っていたということだ。

それこそが、講道館柔道がこれまで、勝敗を人間の品格、責任、そして修養より上に置いてこなかった理由でもある。

今の時代には、新しいタイプの商業スポーツがある。その最大の成功は、スポーツ文化を築いたことではなく、「アスリートになったような感覚」を商品に変えたことだ。参加費を払い、最新の装備を身につけ、写真を撮り、ランキングを見て、PBを追い、普通の参加者一人ひとりに、オリンピック選手のようにフィニッシュラインを駆け抜けたという幻想を一瞬味わわせる。問題は、本当の競技スポーツには体力と成績だけでなく、ルール、相手、敬意、責任、そしていつ止まるべきかを判断する力も必要だということだ。

すでに共用の会場や器具を汚染しているにもかかわらず、それでも「1位になれば勝ちだ」と考えるのであれば、それは意志の強さの問題ではない。勝敗とスポーツマンシップのどちらがより重要なのか、その違いすら分かっていないということだ。

講道館柔道で子どもの頃から学ぶのは、まさにその逆である。負けてもいい。一本を取られてもいい。相手より技術が劣っていてもいい。本当に失ってはいけないのは、相手、道場、そして自分自身への敬意だ。勝敗は一試合の結果にすぎず、最も重要なものではない。

今回のHYROXで最も見苦しかったのは、単なる失禁そのものではない。あの「A win is a win」という言葉だ。

伝統武道にある規則や礼節は、新しい世代の自由な教育の中では、もはや見えなくなっている。過度な自由は、新しい世代に自分を好き勝手に解放させ、世界をさらに下り坂へ向かわせている。今回の出来事は、その始まりにすぎない。

人が勝つことしか考えず、そのために手段を選ばなくなった時、実際にはその人は何者でもない。

情報源

ABCニュース(2026年9月18日):

https://www.abc.net.au/news/2026-09-18/soiled-hyrox-athlete-joanna-wietrzyk-apologises-withdraws/107166578

チャンネル・ニュースアジア(2026年9月17日):

https://www.channelnewsasia.com/world/joanna-wietrzyk-apologises-beijing-hyrox-soiling-6393696

ランナーズ・ワールド(2026年9月17日):

https://www.runnersworld.com/news/a73774792/hyrox-athlete-apologizes-bowel-incontinence/

講道館|柔道の目的・技の理念:

https://kdkjudo.org/purpose/